過敏性腸症候群(IBS)とは?
過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome :IBS)とは腸に器質的な異常がないにもかかわらず、下痢や便秘などの消化器症状に悩まされる病気です。
日本の人口の10〜20%の人がこの病気に悩まされています[1]。
多くの場合、生活習慣の乱れやストレスなどの精神的要素が引き金になり消化器症状が出現します。
中には、症状がひどく学校や仕事などの社会生活に大きく影響を及ぼしている人もいるというのは、紛れもない事実です。
過敏性腸症候群の原因
過敏性腸症候群の原因ははっきりと解明されていませんが、考えられる要因は主に以下の4つが挙げられます。
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性格的な気質
心配性、神経質などの気質によりストレスを感じやすい人
他者と関係を築くことが苦手であったり、対人関係にストレスを感じやすい人 など -
遺伝的要因
親の体質(腸内環境)による下痢または便秘傾向の遺伝 -
生活習慣
アルコールの過剰摂取や食生活の偏りがある人
睡眠不足、運動不足など自律神経が乱れる生活習慣のある人 など -
ストレスや対人関係などの環境的要因
責任のある仕事によるプレッシャー、過労など精神的な重圧が大きい人
他者との関係に悩みやトラブルがある人 など
また、最近は自己免疫の異常が関係している可能性も考えられています[2]。
検査方法と診断基準
過敏性腸症候群の診断をするにあたって、まずは器質的な異常がないことを確認する必要があります。
下痢や便秘などの消化器症状は時に癌やイレウスなど、重大な疾患が隠されている場合があるので診断には注意が必要です。
過敏性腸症候群の診断を行うには、まず患者の症状を詳しく知らなくてはなりません。
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RomeⅣ診断基準を用いた評価
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器質的な異常の有無を確認するための検査
(血液検査、内視鏡検査、CT検査、エコー検査など)
RomeⅣ診断基準は国際的に使用されている診断基準です。
RomeⅣ診断基準
過去3か月間に1週間当たり1日以上腹痛があり、以下の2項目以上を満たす
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排便に関連した腹痛である
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腹痛の頻度と排便の回数が関連している
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腹痛に便の形状の変化が伴っている
便の形状により更に以下の4つの型に分類される
以下のような症状がみられる場合は器質的な異常を疑い精査をする必要があります。
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著しい体重減少を認める
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腹部の画像診断や聴診、触診によって異常所見を認める
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嘔吐や下血を認める
安易にストレスによるものと決めつけて器質的な疾患を見落とさないことも重要です。
癌やポリープ、炎症性疾患などが疑われる場合、便潜血検査や大腸内視鏡検査を行う必要があります。
他にも、腹部症状や便通異常をきたす疾患はいくつかあり、血液検査などによってそれらの疾患を除外する場合もあります。
過敏性腸症候群の4つのタイプ
前述の通り、過敏性腸症候群は便の状態により以下の4つの型に分類されます。
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便秘型
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下痢型
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混合型
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分類不能型
ひとつずつ詳しく解説していきます。
①便秘型
慢性的な便秘が続く状態を指します。
数日出ない場合もありますが、コロコロと硬い便ですっきりと出ない場合も便秘型といえます。
②下痢型
急激に腹痛が起き、その後下痢をするといった症状が1日に複数回見られます。
③混合型
上記のような便秘と下痢を繰り返すことを混合型といいます。
④分類不能型
便秘や下痢以外の不快症状がみられるばあいを分類不能型といいます。
不快症状の例
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お腹が張る(膨満感)
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お腹が鳴る(腹鳴)
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おならが多い
緊張するとうんこが出る!症状と対処法について
過敏性腸症候群の中でも、最も社会生活に悪影響を及ぼしやすいのは「下痢型」です。
ストレスが引き金となり、神経が緊張することで腸の蠕動運動を促進する神経伝達物質が過剰に分泌されます。
大切な会議や試験の前、満員電車の中など、緊張する場面で腹痛や下痢を起こすこともあり、社会生活に支障をきたします。
下痢型には通常、止痢薬が有用です。
また人によっては漢方薬が効果的な場合もあります。
薬自体の効果だけでなく、その薬を持っていることで精神的な安寧がはかれることも症状の緩和につながります。
過敏性腸症候群の治療法は?緊張による下痢や腹痛の治し方
過敏性腸症候群の治療法は、主に5つあります。
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生活習慣の改善
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食事療法
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運動療法
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心理療法
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薬物療法
個々の症状に合わせてこれらの治療を複合的に行っていきます。
排便には自律神経が大きく関係しています。自律神経の乱れは下痢や便秘の原因になるのです。
薬物療法を除く他の治療方法は、自律神経のバランスを整えることにつながります。
①生活習慣の改善
過敏性腸症候群の症状を悪化させる生活習慣には以下のようなものが挙げられます。
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睡眠不足
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過度な疲労やストレス
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嗜好品(タバコや酒など)
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食事の偏り(香辛料や刺激物の過剰摂取など)
まずは、これらの増悪因子に当てはまる部分を改善することから始めましょう。
②食事療法
腸内環境を整えるには、バランスの良い食生活も欠かせません。
控えた方が良い食事習慣
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香辛料
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カフェイン
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牛乳・乳製品(乳糖不耐症による下痢症状のある人)
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脂質の多い食事
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冷たいものの過剰摂取
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暴飲暴食
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早食い
三食規則正しく、ゆっくりと時間をかけて食べることを心がけましょう。
また、便秘型の人には食物繊維が豊富な食事が有効ですが、下痢型の人は注意が必要です。
食物繊維には可溶性と不溶性があり、特に不溶性食物繊維(ごぼうやナッツなど)は、下痢や腹部膨満感を引き起こしやすくなります。
③運動療法
適度な運動は、自律神経を整える働きをします。
ストレスによって緊張した自律神経を緩和させストレス解消にもつながります。また身体を動かすことで腸の蠕動運動を促すため、便秘型の人には特に効果的です。
ウォーキングやストレッチなどの軽負荷の運動を毎日継続すると良いでしょう。
④薬物療法
薬物療法は、一般的に、生活習慣の見直しや食事・運動療法を行っても改善がみられない場合に適応となります。
第1選択薬は、以下の3つです。
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プロバイオティクス
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高分子重合体
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消化管機能調整薬
これらの薬を使用しても症状の改善が不十分な場合は個々の症状に合わせて、以下のような薬を使用します。
下痢:止痢薬
腹痛:抗コリン薬
便秘:下剤
うつや不安:抗うつ薬や抗不安薬
その他:抗アレルギー薬、漢方、5-HT4 刺激薬 など
主に使用される薬
医薬品名 |
薬効 |
適応 |
ポリフル コロネル |
過敏性腸症候群治療剤 (高分子重合体) |
下痢型 便秘型 |
セレキノン |
消化管運動調律剤 |
便秘型 下痢型 交代型 |
イリボー |
下痢型過敏性腸症候群治療剤 (セロトニン受容体(5-HT3受容体)拮抗薬) |
下痢型 ※下痢型の特効薬 |
トランコロン |
過敏大腸症治療剤 |
腹痛が強い症例 ※便秘型には不向き |
その他の薬
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止痢剤
日本では、過敏性腸症候群に対して塩酸ロペラミドやタンニン酸アルブミン、塩化ベルベリンなどが用いられている。 -
下剤
便を柔らかくする薬として酸化マグネシウムが主流
腸管に刺激を与えるタイプの刺激性下剤(ラキソベロンやアントラキノン系下剤など)も使用されるが、長期的な服用は耐性がついてしまうため推奨されない。 -
慢性便秘症治療剤
アミティーザ、リンゼス、グーフィスなどの粘膜上皮機能変容薬 -
5-HT4 受容体作動薬
モサプリド(ガスモチン)は日本で唯一使用できる5-HT4 受容体作動薬。
消化管運動機能改善剤として用いられるが、過敏性腸症候群に対しては保険適応外。
⑤心理療法
近年では過敏性腸症候群の治療として、カウンセリングが重要視されてきています。
これは、日本消化器病学会の機能性消化管疾患診療ガイドラインにおいて、2014年版で「カウンセリングが有効な場合がある」という表現から2020年版でカウンセリングがより強い推奨へと変化していることからも明らかです。[6]
更に、過敏性腸症候群の患者の多くがうつ病や不安症を併発しています。
具体的な治療方法は以下の通りです。
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集団カウンセリング
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認知行動療法
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対人関係療法
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催眠療法
過敏性腸症候群と腸内フローラの関係
様々な治療法を紹介しましたが、近年は腸内フローラがIBSの発症や進行に関係するという報告がされています。
20〜70歳の下痢型IBSと診断された方を対象に行われた実験では、プロバイオティクス「乳酸菌ミックス」を摂取した人のIBS-QoLスコアは全ての項目で接種前より向上していました。
IBS-QoLスコアの向上はIBSによるQOL(生活の質)低下の改善を意味しています。
この実験で使用された乳酸菌ミックスのはたらきは以下の通りです。
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腸壁の透過性を亢進させる病原微生物の増殖を抑制する
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抗炎症作用のある短鎖脂肪酸を産生する
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腸管バリア機能を強化させるポリリン酸を産生する
Q&A
緊張 うんち なぜ?
「緊張でお腹痛いのはなぜ?」「なぜ緊張すると下痢をするの?」という方は多くいます。
緊張と便意はなぜ関係しているのでしょうか。
これは、排便と自律神経の働きが関係しています。
緊張することで、自律神経が緊張し腸内にセロトニンという神経伝達物質が過剰に分泌されます。
緊張するとお腹が痛くなる理由は、このセロトニンの分泌により腸の動きが活発になりすぎるからです。
腸の動きが活発になったり、痙攣したりすることで便秘や下痢といった症状が出現します。
緊張による腹痛や下痢の治し方、便意を予防する対策をいくつか紹介します。
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緊張する場面でリラックスする方法を探る(深呼吸、事前準備、ストレッチ、好きな香りや音楽など)
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薬物療法に頼る(下痢止めや整腸剤を常備しておく)
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食事に気を付ける(消化に悪いものや刺激物を避ける)
緊張すると下痢になる理由は?
緊張によって下痢が起こるメカニズムは上記の通りです。
それでは、緊張やストレスによる腹痛などの不快症状はどうすれば改善するのでしょうか。
更に日頃の食事や嗜好品、生活習慣も排便に大きく影響しています。
特にアルコールの過剰摂取や香辛料、冷たいものの摂りすぎ、暴飲暴食、早食いなどは下痢の原因になります。
過敏性腸症候群の人は、三食バランス良く、ゆっくり時間をかけてよく噛んで食べるのが基本です。
過敏性腸症候群に限らず、消化器の不快症状に悩まされている人はまず食事習慣の見直しから始めてみると良いでしょう。
緊張性下痢とは?
緊張するとお腹が痛くなる病気の代表として挙げられるのが「過敏性腸症候群」です。
過敏性腸症候群は、腸に器質的な異常が無いにもかかわらず緊張などのストレスによって腹痛や下痢、便秘などの消化器症状が現れます。
緊張性下痢とは、緊張やストレスによって急激な腹痛が起き、その後下痢が出る症状のことを言います。
緊張性下痢の人は一日に複数回このような症状がみられるため、生活の質が著しく低下したり、社会生活に支障をきたす場合もあるのです。
過敏性腸症候群において、下痢型と分類される人の定義は、「排便のうち25%以上が軟便または水様便で、硬便や兎糞状便は25%未満の場合」とされています。[7]
緊張が解けると下痢になる?
緊張で下痢や便秘になる人もいれば、緊張後安心することで便意を感じる人もいます。
本来、消化器は副交感神経が優位な時に活発に働くのです。
副交感神経が優位の状態というのはリラックスしている状態を指します。
ただし、心身ともに健康な状態であれば下痢ではなく普通便が出るでしょう。下痢になる場合は、器質的な異常または生活習慣や精神的な要因による影響が考えられます。
自己判断でストレスによるものと断定するのは危険です。
慢性的な下痢には重大な疾患が隠されている場合もあるので、必ず専門機関を受診しましょう。
考えられる疾患
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クローン病
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潰瘍性大腸炎 など
まとめ
過敏性腸症候群になると、緊張した時や精神的に不安定になった時に便意を催してしまう傾向にあります。
そして腸に器質的な異常がないため不快症状を我慢しがちです。
特に女性は、生理周期によるホルモンバランスの変化に伴って便秘や下痢を繰り返しやすいこともあり、治療するほどのことではないと感じる人も多くいます。
しかし便秘や下痢は精神的な苦痛を伴い、社会生活に支障をきたすこともあります。
更にこの症状が慢性化することで、結果的に器質的な異常につながり、癌や炎症性疾患などの重大な疾患につながる可能性もあるのです。
過敏性腸症候群は多くの場合治療で改善・コントロールが可能です。
QOL向上のためにも、我慢せず早めに専門機関に相談しましょう。
参考文献
[3]過敏性腸症候群(IBS)|MSDマニュアルプロフェッショナル版
[4]過敏性腸症候群(IBS)|まきの消化器内科・外科クリニック