パニック障害の治療について
パニック障害が治るきっかけはさまざまですが、薬物療法と精神療法が確立しています。
ここでは、パニック障害の治療全体の流れと、薬物療法・神経療法について大まかに解説します。
パニック障害の治療の流れ
治療を始めるにあたり、まず病気と治療方針について理解する必要があります。
パニック障害の原因は本人の性格ではなく、不安や恐怖に関係する脳の機能障害です。
自分自身の人間性を責めてしまわないよう、本人だけではなく周囲(家族など)の理解も大切になるでしょう。
パニック障害は薬で治療できることがわかっています。
認知行動療法などの精神療法も有効とされており、実施には本人の意志がとても大切です。
治療の目標は「すべての症状が治ること」「脳の機能が回復すること」です。[2]
薬物療法によってパニック発作を消失、さらに他の不安も軽減させ、精神療法によって不安への対処法やストレスを和らげる方法を身につけます。
不安症状が改善されれば、不安を克服する行動の練習を行います。
このような段階を踏むことで、徐々に安心した生活を送れるようになることを目指しましょう。
薬物療法
パニック障害に効く薬として「抗うつ薬」と「ベンゾジアゼピン系抗不安薬」が認められています。
基本的にはこれらの二種を併用して、パニック障害の治療を開始することが多いでしょう。
抗うつ薬では、SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor:選択的セロトニン阻害薬)がまず選択されます。
SSRIは脳内でセロトニンのはたらきを高めることで、抗うつ効果や抗不安効果を発揮するタイプの薬です。
ただしSSRIは、効果を発揮するまでに時間がかかるといわれています。
そのため、効果の早く出やすい抗不安薬を併用する必要があるのです。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、抗うつ薬と併用してパニック障害の治療に用いられますが、抗うつ薬の効果が現れはじめると徐々に減量します。
早ければ2〜4週間で減量が開始され、最終的にはベンゾジアゼピン系抗不安薬の服用を中止します。[2]
定期的な服用を中止したあとは、頓服(症状があるときだけ服用する)として用いるケースが多いでしょう。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、依存性・耐性・転倒などのリスクが問題となるため、必要最小限の使用にとどめることが求められています。
またパニック障害の治療において、頓服薬だけを服用することはそのときの発作症状を抑えられるでしょう。
しかしベンゾジアゼピン系抗不安薬には依存性があるため、服用回数がどんどん多くなってしまう可能性があります。
そのため頓服薬だけを服用することは望ましくなく、SSRIやベンゾジアゼピン系の定期服用が有効です。
精神療法
パニック障害に有効な精神療法として、認知行動療法が認められています。[3]
認知行動療法では、カウンセリングを通して「考え方のクセ」と「行動」を変える練習をします。
その有効性は世界でも認められており、日本の厚生労働省からもマニュアルが発行されている認知行動療法。
パニック障害だけではなく、うつ病や強迫性障害、統合失調症などさまざまな精神疾患で取り入れられています。
効果が出た場合は薬物療法よりも再発が少ないといわれているため、ますます活用の幅が広がっていくでしょう。
パニック障害における認知行動療法では、以下を行います。[2]
-
心理教育
-
パニック症状の観察
-
不安の抑え方を習得
-
考え方のクセ(認知)を改める
-
あえて不安場面に身をおく(暴露療法)
暴露療法は、あえて不安の原因となる場面に身を置くことで不安を克服する方法です。
たとえば、電車に乗ることでパニック症状を誘発する場合「誰かと一緒に各駅停車で一駅分乗ってみる」から始まり、
次に「一人で各駅停車で一駅分乗ってみる」「各駅停車で乗る距離を伸ばす」「快速列車に乗る」など、徐々に不安の強い状況にチャレンジします。
簡単なレベルから始めることで、成功体験を積みながら徐々に場面に慣れることが可能でしょう。
パニック障害の治療|抗不安薬の効果が現れるしくみ
パニック障害に用いられる、ベンゾジアゼピン系抗不安薬のはたらきについて解説します。
脳内では、さまざまな神経伝達物質が私たちの精神活動に影響を与えています。
代表的な神経伝達物質であるノルアドレナリンやセロトニン、ドパミンをご存じの方も多いのではないでしょうか。
数多くある神経伝達物質の中でも、ベンゾジアゼピン系薬が関係するのは「GABA(γ-アミノ酪酸)」です。
抑制系の神経伝達物質であるGABAは、興奮した神経を落ち着かせることで、ストレスを和らげたり睡眠を整えたりするはたらきをします。
GABAが作用する受容体のうち、GABAA受容体には「ベンゾジアゼピン結合部位」が
存在します。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、この「ベンゾジアゼピン結合部位」に結合することでGABAA受容体のはたらきを高め、神経活動の抑制効果を発揮するのです。
ベンゾジアゼピン系薬は以下のはたらきを示します。
-
抗不安作用
-
鎮静・催眠作用
-
抗けいれん作用
-
筋弛緩作用
これらの作用により、パニック障害などの不安症や不眠症、麻酔時の鎮静などに使用されます。
パニック障害における不安や緊張は、神経活動が高まることで生じます。
そのため、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の神経抑制作用が、症状を和らげる効果を発揮するのです。
パニック障害の治療に用いる抗不安薬一覧|種類や効果をチェック
パニック障害の治療に用いられる、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を以下に示します。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、薬が効く時間によって短時間型・中時間型・長時間型・長時間型に分類されます。
パニック障害に用いられる薬の名前(一般名・商品名)と、作用時間の分類ごとに半減期*の目安も記載しているので、参考にしてください。
*半減期:血中濃度が最も高くなってから、半減するのに要する時間。長いほど、薬の効果が持続する。
半減期 |
一般名 |
商品名 |
抗不安作用 | |
短時間型 |
6時間未満 |
トフィゾパム |
グランダキシン |
弱 |
クロチアゼパム |
リーゼ |
弱 | ||
エチゾラム |
デパス |
中 | ||
中間型 |
12〜24時間 |
アルプラゾラム |
ソラナックス コンスタン |
中 |
ロラゼパム |
ワイパックス |
強 | ||
ブロマゼパム |
レキソタン セニラン |
強 | ||
長時間型 |
24時間以上 |
オキサゾラム |
セレナール |
弱 |
メダゼパム |
レスミット |
弱 | ||
クロルジアゼポキシド |
バランス コントール |
弱 | ||
フルジアゼパム |
エリスパン |
中 | ||
メキサゾラム |
メレックス |
中 | ||
クロキサゾラム |
セパゾン |
強 | ||
ジアゼパム |
セルシン ホリゾン |
中 | ||
クロナゼパム |
リボトリール ランドセン |
強 | ||
超長時間型 |
90時間以上 |
ロフラゼプ酸エチル |
メイラックス |
中 |
フルトプラゼパム |
レスタス |
強 |
参考:南江堂|今日の治療薬2019-解説と便覧
医学書院|治療薬マニュアル2023
パニック障害の治療には抗不安作用が「中」または「強」のものを使用します。
またベンゾジアゼピン系抗不安薬をパニック障害に用いる場合、半減期が短い種類のものは発作時の頓服薬として、半減期が長いものは定期服用する薬として選択されます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬の特徴
パニック障害に用いられる、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の主な特徴について解説します。
「ベンゾジアゼピン系抗不安薬はなぜ頓服で1番使用されるの?」「なぜパニック障害の薬は飲みたくないという意見があるの?」という方は参考にしてください。
即効性がある
ベンゾジアゼピン系抗不安薬の特徴の一つは、即効性があることです。
同じくパニック障害の治療に用いられる抗うつ薬SSRIは、効果発現までに最低でも2〜4週間かかるといわれています。[2]
そのためパニック障害の治療開始時期では、SSRIの効果が現れるまでの期間にベンゾジアゼピン系抗不安薬の服用が有効とされています。
また短時間型・中時間型はとくに即効性が高いため、パニック症状がおきたときの頓服薬として用いることが可能です。
SSRIの効果が現れると、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は徐々に減量し最終的には中止を目指します。
しかしこのように定期服用が中止となった場合でも、パニック症状が起きたときの頓服薬として使用し続けるケースは多いでしょう。
依存性・耐性がある
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は依存性を生じやすい薬です。
薬が切れたときに「また服用したい」と思う精神依存だけではなく、薬を中止すると離脱症状(動悸、頭痛、震え、情緒不安定など)が現れる身体依存になることもあります。
またベンゾジアゼピン系抗不安薬は、同じ用量では効きにくくなる「耐性」を生じやすい薬です。
耐性ができると、同じ効果を得るために薬の増量が必要となり、さらに依存性や耐性が生じやすくなるという悪循環になってしまいます。
依存性・耐性はベンゾジアゼピン系抗不安薬のなかでも、短時間型で起きやすいといわれています。
「パニック障害の薬は飲みたくない」という意見があるのは、依存性や耐性の生じやすさが原因でしょう。
しかし、医師の指示のもと適正な使用をすれば、過度に心配する必要はありません。
服用に関して不安がある場合は必ず主治医に相談し、治療を進めましょう。
睡眠薬としても用いられる
ベンゾジアゼピン系薬は、神経を抑制させます。
抗不安作用以外に認められているはたらき
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鎮静・催眠作用
-
抗けいれん作用
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筋弛緩作用
です。
このようにベンゾジアゼピン系薬は催眠作用をもつため、不眠症にも適応があります。
睡眠薬としてベンゾジアゼピン系薬を知る人も多いでしょう。
またアルコール依存症の治療やうつ病など、さまざまな精神疾患のほかに、てんかんや麻酔時の鎮静にも使用されています。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬の副作用
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、即効性があり今起きている不安の対処をしやすいため、頻繁に使いたくなるかもしれません。
しかし、依存性を生じることや副作用が日常生活に支障をきたすことから、使用は最低限にとどめておくことが推奨されています。
ここでは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の代表的な副作用について解説します。
副作用リスクをふまえて治療に取り組めるよう、参考にしてください。
ふらつき・転倒
ベンゾジアゼピン系抗不安薬には、筋弛緩作用があります。
筋弛緩作用は緊張性頭痛や肩こりに有効なケースもありますが、強く出てしまうとふらつきや転倒が起こる可能性があります。
とくに高齢者では転倒による骨折を起こしやすく、寝たきりの原因となるリスクがあるため注意が必要です。
前向性健忘(服用後の記憶をなくす)
服用後の記憶をなくす「前向性健忘」を生じやすいのもベンゾジアゼピン系抗不安薬の特徴の一つです。
たとえば、薬を飲んでから眠るまでの間の出来事や、夜中に目が冷めてトイレに行ったことを覚えていないなどのケースがあります。
前向性健忘はベンゾジアゼピン系抗不安薬のなかでも、短時間作用型で起こりやすいといわれています。
眠気、倦怠感
ベンゾジアゼピン系抗不安薬によって精神機能が抑制されることにより、眠気や倦怠感などの副作用が起こることがあります。
とくに長時間作用型では、薬が長く効きすぎる「持ち越し効果」を生じやすく、日中まで眠さやだるさが続くケースがあります。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬には催眠作用が弱い薬もあるため、眠気や倦怠感などの副作用がある場合は薬の変更を申し出てもよいでしょう。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬を服用するときの注意点
ベンゾジアゼピン系抗不安薬に限ったことではありませんが、精神科の薬は注意すべき副作用や依存性のあるものが少なくありません。
安全に服用するためには、医師の指示のもと適正な使用が求められます。
ここでは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を服用するときの注意点について解説します。
服用する場合は、かならず頭に入れておきましょう。
ふらつき・転倒リスクに注意する
ベンゾジアゼピン系抗不安薬の代表的な副作用として、ふらつきや転倒のリスクがあります。
服用中は、自動車の運転や危険を伴う作業は行わないのが理想です。
また夜間のトイレ時に、ふらついて転倒するケースもあります。
骨折や寝たきりを避けるためにも、寝室の環境面での安全対策をしておきましょう。
またふらつきが起こりやすい場合は、筋弛緩作用が弱いタイプの薬への変更することで改善できる可能性があります。
症状が気になる場合は、主治医に相談してください。
自己判断で減量や中止をしない
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、通常の用量を服用していても身体依存を引き起こすことがあります。[4]
長期間服用したあと急に中止すると、反跳現象(リバウンド)によって不安症状が再発・悪化したり、離脱症状(動悸、頭痛、震え、情緒不安定など)が起こる可能性があるのです。
これらを避けるために、薬の量を減らしたいときや中止したいときは、徐々に減らす必要があります。
自己判断で行うのではなく、必ず主治医に相談しましょう。
アルコールを一緒に摂取しない
アルコールは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬と同じくGABAA受容体に影響を与えるといわれています。[5]
併用することで、精神機能の抑制作用が強くはたらくため、眠気やふらつき、倦怠感などの症状が出やすくなる可能性があります。
また、依存性や耐性がつきやすくなってしまうことも問題点の一つです。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬を服用するときは、飲酒を控えるのがよいでしょう。
しかし、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を使用するパニック障害などの不安症患者や不眠患者は、アルコールを併用してしまうケースが多いのが現状です。
危険を回避するためには、より適切な指導が求められます。
Q&A
パニック障害に適応の薬は?
パニック障害の治療薬として、抗うつ薬と抗不安薬が用いられます。
抗うつ薬のなかでも、第一選択薬はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)です。
パニック障害に適応のあるSSRIは、パロキセチンとセルトラリンです。
どちらも少量から開始し、徐々に量を増やします。
効果発現までには、少なくとも2〜4週間、十分な効果発現には8〜12週間が必要になるでしょう。[2]
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、パニック障害をはじめとする神経症による不安に適応がある薬です。
SSRIの効果が出るまでの間に服用したり、パニック発作時の頓服薬として使用します。
作用時間や副作用などを考慮して薬が選択されます。
抗不安薬はどんな人が飲む?
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、パニック障害などの神経症、うつ病、不眠症の患者に有効です。
麻酔や検査時の鎮静目的や、アルコール依存症の離脱症状の治療に用いられることもあります。
また「抗不安薬などの精神安定剤を普通の人が飲むとどうなるの?」と思うかもしれませんが、健康な人が服用しても依存・耐性のリスクがあります。
必要ない人が乱用しないよう、適切な管理が求められるでしょう。
パニック障害の第一選択薬は?
パニック障害の第一選択薬は、抗うつ薬SSRIです。
SSRIのなかでも、パニック障害に適応のあるパロキセチンやセルトラリンが使用されます。
またSSRIと同時に、ベンゾジアゼピン系抗不安薬が使用されます。
SSRIの効果が出るまでの間に服用したり、パニック発作時の頓服薬として使用する薬です。
作用時間や副作用などを考慮して薬が選択されます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は依存性や耐性を生じるため、漠然とした使用は避け、必要最小限にとどめることが大切です。
発作性の不安に対する頓服薬としては半減期の短いタイプ、定期的な服用が必要な場合は半減期の長いタイプを使用します。
抗不安薬は逆効果になることがある?
抗不安薬を服用して症状が落ち着いていても「薬をやめることに対する不安」が強くなるケースがあります。
また服用を急に中断すると、リバウンド現象により不安が強くなることもあります。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬を減量・中止したい場合は、主治医の判断のもとで徐々に減らしましょう。
精神安定剤を飲んでいる人の特徴は?
抗不安薬などの精神安定剤を飲んでる人の特徴は、見た目にはわからないことがほとんどでしょう。
ただし薬が強く効きすぎているときは「眠そう」「ぼーっとしている」などの特徴が見られる可能性があります。
薬が効いているときと効いていないときの差がわかりやすいことも、精神安定剤を飲んでいる人の特徴といえるかもしれません。
パニック障害を治す市販薬はある?
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、医師の処方により適切に管理する必要があります。
そのため、ドラッグストアなどで購入できる市販薬はありません。
不安感やイライラを落ち着ける薬として「抑肝散」などの漢方薬はドラッグストアで購入できます。
またGABAを配合したサプリメントなどでも症状を改善できる可能性があります。
パニック障害の症状を市販薬で改善したい場合は、店頭で薬剤師におすすめはどれか相談してみるとよいでしょう。
まとめ
パニック障害の治療では、抗うつ薬SSRIを第一選択とし、症状に応じてベンゾジアゼピン系抗不安薬を併用します。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は即効性が期待できるため、パニック発作時に使いやすいお薬です。
しかし依存性や耐性を生じやすいため、漠然と使用し続けるのは好ましくありません。
パニック障害の治療時には、なるべく短期間または頓用での使用が望ましいでしょう。
依存やリバウンドを避けるためには、自己判断で減量や中止をしないことが大切です。
服用する本人が、依存リスクや副作用についてしっかり理解しておく必要があるでしょう。
抗不安薬は、パニック発作がおきたときの心強い味方です。
より安心した生活が送れるよう、正しい服用方法を理解しておいてください。
<参考>
[1]厚生労働省|e-ヘルスネット|パニック症/パニック障害
[2]厚生労働科学研究成果データベース|パニック障害の治療ガイドライン(平成16年度試案)
[3]厚生労働省|パニック障害(パニック症)の認知行動療法マニュアル(治療者用)